天之御中主神

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御堂筋1
(梅田〜淀屋橋)
【大阪・北区】みどうすじ

参拝の会や個人で巡った史跡や名所を、観光を兼ねて記録しています。

御堂筋1(梅田〜淀屋橋)

御堂筋1(梅田〜淀屋橋)


起点 北区・梅田阪神前交点
終点 中央区・難波西口交点
総延長距離  4,027m
このページ(御堂筋1)での紹介範囲 梅田〜淀屋橋
名の由来 北御堂(本願寺津村別院)と南御堂(真宗大谷派難波別院)が沿道にあり、これが由来となっている。
その他 1000本近い銀杏並木がシンボル。御堂筋kappoや御堂筋ジョイ、さらに冬場は御堂筋イルミネーションが行われる。


トリップ 12 2015/11/25 ルート履歴
►  大阪・北区・中央区・浪速区方面

御堂筋1 お初天神「露天神社」 適塾 少彦名神社 御堂筋2

坐摩神社 真宗大谷派難波別院(南御堂) 本願寺津村別院(北御堂) 御霊神社

  難波神社 御堂筋3 御津宮 葵稲荷神社 廣田神社 今宮戎神社 浪速寺

JR大阪駅

銀杏の色づくいい季節になった。銀杏に限らず、紅葉があちこちで見頃を迎え、晩秋の風情は今がたけなわである。
 京都の紅葉もいいが、今回は銀杏を見ながらゆっくりと秋の御堂筋を満喫する事にしよう。

 御堂筋は今日まで数えきれないほど歩いてきたが、起点の梅田から終点の難波までの踏破は記憶にない。
 4kmに達する道のりは大阪のメインストリートそのものであり、銀杏に限らず、至る所に名所見所があり、周辺には神社仏閣も点在しており、キタから始まりミナミで帰結する市内観光の大動脈である。
 御堂筋は400年前にはその名が確認されており、心斎橋筋や堺筋に比べ、道幅の狭い道路であったが、大正時代に入ると、地下鉄の工事に合わせ大規模な拡幅工事が行われ、現在の規模になった。
 当時の市民は、その規模に驚き、飛行場でも建設するのかと言われたほどである。当時の大阪市長は「關一」であるが、今からすれば、さすが ”先見の明”である。

 さて、今回の出発点はJR大阪駅である。地上1階、北口から中央口へ中央コンコースを縦断する。
 最近の大阪駅は北口にはノースゲートビルが新築され、さらにその北側にはグランドフロント大阪が完成し、高層ビルのラッシュとなっている。行き交う人々の数も増え、ただでさえ多い人並みが、さらに増えて人だらけである。また、外国人観光客も、一昔前とは比べ物にならないほど増えて、国際色も大変豊かになった。
 なにせ大阪駅は周辺のターミナルと合わせ、世界ランク第4位の乗降客を誇る巨大ターミナルである。地上だけでなく地下にも多くの駅があり、立体的な人の移動で、上も下も行き交う人でいっぱいだ。

  梅田〜淀屋橋 途中にある訪問地

お初天神「露天神社」大阪府大阪市北区曽根崎2-5-4
適塾 大阪府大阪市中央区北浜三丁目3-8
少彦名神社 大阪府大阪市中央区道修町2-1-8

JR大阪駅・北口コンコース

JR大阪駅・正面より中央コンコース

JR大阪駅サウスゲートビルの大丸梅田店

桜橋方面

阪急方面

ちなみに乗降客の世界ランクトップは以下のとおり
1位 新宿(東京)2位渋谷(東京)3位池袋(東京)4位梅田(大阪)5位横浜(神奈川県)、その他23位まで全て日本の駅である。
 また、大阪駅周辺の駅は下記の通り。JR大阪駅、JR東西線北新地駅、阪急電鉄梅田駅、阪神電鉄梅田駅、地下鉄御堂筋線梅田駅・四つ橋線西梅田駅・谷町線東梅田駅(地図参照)。
 さらに、地下街の規模は周辺の地下街との合計では全国一とされている。あまりにも巨大なターミナルだ。

 大阪駅の事はこの辺で切り上げて、ここから先は御堂筋へ進む事にする。大阪・梅田周辺(キタ)の事は、また別のページで紹介する事にするので期待してほしい。
 御堂筋の起点は正確には左の写真の阪急・阪神前からである。

JR大阪駅 南口

南口から見た大屋根

JR大阪環状線の列車だと思います。

陸橋から見上げた梅田阪急ビル

西側バスロータリーを整備しています

まだまだ時間がかかりそうです

建替え工事中の阪神ビル西側と新阪急ビル。すでに形はない

JR大阪駅サウスゲートビル全景

東梅田方面 阪急前・中央が曽根崎けいさつ

 大阪駅南口より陸橋 を上り、阪神前に移動する。地上は地下とは対照的に人通りは非常に少なく写真撮影も楽である。また、陸橋からだとサウスゲートビルや阪急ビルの違った顔も見る事ができる。
 少し残念なのは大阪駅の左右両側が地下との一体工事を行っており、さらに駅と反対側の阪神側も建替え工事のため、導線が大幅に規制されている。進行方向を一歩間違うと行き止まりだったりする。
 さらに写真撮影も、どこから撮っても工事部分が入ってしまう。・・少々辛いです。

 梅田の起点の交差点には大きな緑地帯があり、オブジェのような導風口が林立している。目印としては非常に分かり易い。
 阪神前の工事現場に沿いつつ御堂筋に向かって前進する。

半分になった大阪神ビル(右)と、奥がヒルトンホテル

御堂筋イルミネーションのPRポスター

たくさんの人集りだと思ったら・・宝くじでした

大阪駅前第4ビル前の銀杏並木

大阪駅前第3ビル前の銀杏並木

 しばらく歩くと駅前第4ビル横の銀杏並木が見えてくる。いよいよ御堂筋らしき景観だ。この付近は大阪市内でも最も早く市街地再開発が進んだ所で、桜橋の第1ビルから第4ビルまで一体的な景観を造っている。
 かつては戦後の闇市などドヤ街の地域であり、再開発とともに大きく変貌し、今はその面影も残っていない。
 しかし、第1ビルや第2ビルには、当時立ち退きにあった店舗などが優先的に入居しており、ビル内には今もパチンコ店や銭湯などが営業しており、その名残をとどめている。また、金券ショップは国内最大級の密集地として有名である。第1ビルは開業から既に45年を経ている。

 第4ビルをすぎると信号があり、御堂筋を挟んで反対側にはお初天神通りが見える。賑やかな商店街である。
 お初天神通りは、名の通り天神さまが鎮座している事による。正式名を「露天神社」と云い、別ページで紹介する事にする。

御堂筋を挟んで反対側にお初天神通りが見えます

梅田新道方面

梅新・フェニックスタワー フェニックスホールがある

大阪駅前第3ビル・第4ビル

梅田新道側の銀杏並木、阪急ビルが見える

梅田新道歩道橋より大阪駅前第3ビルを望む

梅田新道歩道橋

第3ビルを超えた交差点が梅新交差点で、新御堂筋との合流点になる。梅田から淀屋橋に至るこの区間は梅田新道と言って御堂筋ができる以前に開発された道だ。普通は通称「梅新」と言っている。
 この交差点には信号がなく、地下道か陸橋で渡る事になる。梅田に来るといつも地下道ばかりなので、久しぶりに陸橋を通ると新鮮味があっていい。また、景観も良好だ。
 陸橋を降りると、ここには信号があって東側に渡る。

南に向かうとすぐに「御堂筋ギャラリー」がある。オープンギャラリーで、いろいろなイベントを催しているそうだが、筆者は一度も見た事がない。遊歩道形式でずっと淀屋橋まで続いている。

 更に南下を続け、しばらくすると梅新南の交差点だ。道の反対側にはアメリカ総領事館が見える。

御堂筋沿いにある、御堂筋ギャラリー

御堂筋ギャラリーにつづく遊歩道

梅新南からみたアメリカ総領事館(左)

梅新南から淀屋橋方面

北新地 回りは高層ビルだらけになりました

梅新の西側は、あの有名な北新地だ。御堂筋から四ツ橋筋に至るこの一帯に高級クラブや飲食店が所狭しと軒を連ねる、キタを代表する歓楽街である。
 梅田周辺には他にも阪急東通りやお初天神通り、さらにパークアベニューなど、それ以外にも多くの歓楽街や商店街があるが、通常キタと言えば新地を指す。

 筆者もいろいろ飲み歩きもしたが、阪急東通りの奥や新地など、まだまだ知らない所が多く、キタの奥深さを感じる。
機会があればホテル泊まりで飲みに行きたいものだ。

 遊歩道に沿ってさらに南下すると、だんだん雰囲気が変わってくる。もうすぐ中之島だ。
 中之島は南北の2つの川に挟まれた、横に細長い「島」そのものである。

梅新南もハイカラになりました

御堂筋を挟んで反対側に「交通局変電所」廃墟に見えます

梅田新道ビル2階のからくり時計

阪神高速の向こうが中之島。大阪市役所が見える

大江橋横の喫煙所、御堂筋ではここ以外での喫煙は違反です

大江橋、中之島にかかる北側の橋です。南側は淀屋橋

大江橋から見る中之島

中之島 大阪市役所

中之島より完成間もない新ダイビルを望む

 中之島の御堂筋北側に架かる橋を「大江橋」南側に架かる橋を「淀屋橋」という。
 近年、京阪電車が地下に中之島線を開通させ、大江橋駅も設置された。ここまで来るとすでに繁華街のイメージは失せて、オフィス街のイメージへ一転する。
 中之島は大阪の景観を代表する観光地でもある。堂島川と土佐堀川に挟まれ、東は天満橋、西は船津橋に至る東西約3kmの細長い島だ。
 特に御堂筋の通る淀屋橋大江橋付近は、大阪市役所や日銀大阪支店など、景観を構成する建物が集中する。
 市役所から東に向かっては中之島公会堂や東洋陶磁美術館、さらに中の島公園へと続き、有数のデートスポットともなっている。
 夜の中之島は各所で公会堂や橋梁などががライトアップされ、特にロマンチックである。また、12月には御堂筋とともに、公園側は無数のイルミネーションで埋め尽くされる。
その他、中之島については別の特集を組む予定だ、乞うご期待。

市役所の向かいに位置する日本銀行大阪支店

京阪大江橋駅の木調の入口

淀屋橋の表示がありました

淀屋橋

淀屋橋 東側 市役所の横の遊歩道から中之島公園へ続く

淀屋橋から西側を望む。高層ビルが林立している

淀屋橋 東側 橋中央

京阪淀屋橋の入口

淀屋橋の端にあるアンチックな街灯

淀屋橋から見た日銀大阪支店

豪商、淀屋辰五郎の屋敷跡の碑

民生委員の父といわれた、林市蔵の像と碑

林市蔵石碑 元三重県・大阪府知事・日本信託銀行頭取

 さて、淀屋橋について語るとき、その名の由来となった「淀屋辰五郎」について語らずにはおれない。
 普段は通り過ぎるだけの淀屋橋の南詰めに緑地帯があり、そこに淀屋の石碑や林市蔵の像などが安置されている。

 淀屋は江戸時代に、全国の米相場の基準となる米市を設立し、商都大阪の発展に大きく寄与した豪商である。
 その他の事業でも成功を収め、莫大な財産を成した。淀屋橋は当時淀屋の私費により架けられた橋である。
武家社会にも多額の貸付けを行っており、現在の価額にして100兆円を超える貸付けは、武家社会に多大な影響を及ぼした。 その結果、策謀により全財産を没収される事になる。これが悲劇の主人公淀屋辰五郎である。
 その後、後裔が再び再興を果たしている。
幕末には討幕運動に物心ともに身を投じ、幕を閉じた。何とも浪速の商売人の波瀾万丈の豪快な物語である。

淀屋橋土佐堀通りにある記念碑等の緑地帯

淀屋の碑

淀屋橋交差点・南側

淀屋橋交差点角 えむぜーびー 昔よく通いました

御堂筋北浜3丁目地域

 さて、ここらで一休みとする。淀屋橋角のMJBは古い珈琲店で、いつもいい香りが漂っている。店内は全て珈琲色に包まれ、年季を感じさせる。・・美味しい珈琲を頂くと、懐かしさがこみ上げる。
 この後、緒方洪庵「適塾」と、足を伸ばしすぎて、少彦名神社まで行ってしまう事になる。

次の訪問地(付録です) → お初天神「露天神社」
御堂筋を続けてご覧になる場合 → 御堂筋2

  トリップ 12 2015/11/25 御堂筋 ►  大阪・北区・中央区・浪速区方面

御堂筋1 梅田〜〜淀屋橋
お初天神「露天神社」大阪府大阪市北区曽根崎2-5-4
適塾 大阪府大阪市中央区北浜三丁目3-8
少彦名神社 大阪府大阪市中央区道修町2-1-8
御堂筋2 淀屋橋〜〜心斎橋
御霊神社 大阪府大阪市中央区淡路町4-4-3
本願寺津村別院(北御堂)大阪府大阪市中央区本町4丁目1-3
真宗大谷派難波別院(南御堂)大阪府大阪市中央区久太郎町4丁目1-11
坐摩神社 大阪府大阪市中央区久太郎町4渡辺3号
難波神社 大阪府大阪市中央区博労町4-1-3
御堂筋3 心斎橋〜〜難波
御津宮 大阪府大阪市中央区西心斎橋2-10-7
葵稲荷神社 大阪府大阪市浪速区難波中2-10-70
廣田神社 大阪府大阪市浪速区日本橋西2-4-14
今宮戎神社 大阪府大阪市浪速区恵美須西1-6-10
浪速寺 大阪市浪速区恵美須西1-48



 

この先、さらに南下を続けます → 御堂筋2 淀屋橋〜心斎橋

御堂筋西側 北浜4丁目地域 、東側は「適塾」方面


 

 

 

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