天之御中主神

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添御県坐神社
【奈良県・奈良市】そうのみあがたにいますじんじゃ

参詣の会や個人で巡った神社を、社格や大小・地域を問わず記録しています。

添御県坐神社

添御県坐神社


所在地 奈良県奈良市三碓3-5-8
御祭神 速須佐之男命、櫛稻田姫命、武乳速命
社格 式内社(大社)
創建 正倉院文書・天平2年(730年)に記載あり
境内社  福神宮、英霊殿、恵美須神社、天香具山神社、龍王神社
その他  五軒社流造りのご本殿が国重要文化財になっている。また、境内社の恵美須神社は富雄のえべっさんとして親しまれている。


トリップ 24 2016/2/4 ルート履歴
►  奈良・奈良市・天理・桜井市方面

磐船神社 添御県坐神社 根聖院 登弥神社

伊射奈岐神社 大和神社 石上神宮 帯解寺 春日神社

景行天皇陵 九日神社 恵比須神社 大神神社

社頭 はじめは社標の文字が読めなかった

大阪・交野市の磐船神社を後にして168号線を南下、県道1号から富雄の方に向かうと三碓(みつがらす)と言う地域があり、そこに社叢を蓄えた小さな山がある。
 添御県坐神社はこの社叢の中にある。名前が読みづらく「そうのみあがたにいますじんじゃ」と呼ぶ。
 この神社を今回奈良で一番の訪問地にしたのは、他でもない、この社号に何故か興味を惹かれたからである。また、地名の三碓(みつがらす)については次の訪問地「根聖院」で紹介する。

 神社H.Pによれば、古代以来、大和の国の中に添郡といわれる郡があり、今の奈良市、生駒市など奈良県北部に当る。 また、県とは、律令体制以前の、朝廷の直轄地であり、ここは主に皇室に木材や薪を納めていた料地のため「御」の字をつけ御県(みあが た)と言われました。従って大和の国の 添郡に設置された御県に鎮座する神社という意味になりる。

石段を上がって正面に神楽殿

右が拝殿

恵美須神社 富雄のえべっさん

英霊殿 地域の戦没者の英霊を祀る

拝殿 中央が神門となる(中門)

拝殿奥 ご本殿

ご本殿 五軒社流造り 国重要文化財

創起については延喜式以前より存在しており、古墳時代まで遡るとされる。
 社伝によると、境内社は六社あるが、境内社の福神宮に祀られる小野福麿が、春日大社の氏神である牛頭天王を鳥見の里に勧請し、この地の鎮守神とした。これが現在の添御縣坐神社の起源とされる。

 話は境内に移るが、正面鳥居の先、石段を登ると神楽殿や拝殿などの境内が開ける。さほど広くはないが、古社を思わせる風格がそこはかとなく伝わってくる。
 神楽殿の前に拝殿があり、その奥に覆い屋に覆われた本殿が鎮座する。
 本殿は五軒社流造りで三座のご祭神が祀られている。三座の屋根には夫々千鳥の破風がついており、シルエットが美しい。

福神宮

福神宮 鳥見之庄の豪族・小野福麿公を祀る

九之明神 小野福麿の九人の従者を祀る。

本殿東側奥

天香具山神社

伊勢神宮遥拝所

龍王神社

龍王神社

龍王神社より境内へ

本殿の横に天香具山神社と龍王神社に連なる参道があり、ゆっくり歩いてみる事にする。龍王神社の背後に龍神の池があり社叢の中に静かに佇んでいる。
 夫々の社のご祭神は分からないが、雨乞いの神であったり、土に縁の神であったりする。
 天香具山神社は橿原市に同じ名の式内社があり、イワレビコ東征の折、オトウカシがここの土で酒瓶などを造りヤソタケルを撃退した説話があり、やはり土に縁している。土を採るものはその土地を領有することに通じるとされる。

 さて、話が余談ばかりになってしまったが、さすが古都奈良だけの事あって、少し勉強するだけで多くの謂れに遭遇する。
 この先が楽しみである。

次の目的地 → となり 根聖院

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トリップ 24 2016/2/4 ► 奈良・奈良市・天理市・桜井市方面

磐船神社 大阪府交野市私市9丁目19-1
添御県坐神社 奈良県奈良市三碓3丁目5-8
根聖院 奈良県奈良市三碓3丁目5-13
登弥神社 奈良県奈良市石木町648-1
春日神社 奈良県奈良市今市町662
帯解寺 奈良県奈良市今市町734
石上神宮 奈良県天理市布留町384
大和神社 奈良県天理市新泉町306
伊射奈岐神社 奈良県天理市柳本町
景行天皇陵 奈良県天理市渋谷町
九日神社 奈良県桜井市芝812
恵比須神社 奈良県桜井市三輪375
大神神社 奈良県桜井市三輪1422



石段前にある石仏・地蔵(下)となり根聖院のものと思われる


 

 

 

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