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荒神

 

 







荒神(こうじん・あらがみ) とは

 
天御中主神 あめのみなかぬしのかみ 造化三神、別天津神の一柱

天御中主神は古事記に登場する神であって日本書紀本文には登場しない。しかし、記紀に登場する最初の神であることに変わりはなく、天地創世の最初の神と言える。その名は、文字の通り、天の中央に座する主宰神という意味である。宇宙の根源神であり、宇宙そのものであるといえる。しかし、古事記において、登場するのは最初のごくわずかな部分であり、 出現するや、すぐにその身を隠してしまう無為の神である。だが、天地開闢において、この神無くして何も始まらず、出現自体に意義を持つ、至上の根源神だ。

 

天之御中主神 を祀る神社(一部)
八代神社 熊本県八代市妙見町405
千葉神社 千葉県千葉市中央区院内1-16-1
九戸神社 岩手県九戸郡九戸村長興寺1-7
秩父神社 埼玉県秩父市番場町1-1
出雲大社 島根県出雲市大社町杵築東195

天御中主神は宇宙の最初に登場するが、すぐにその身を隠す。しかし、宇宙を創造はしたが、その後はどうするのか?その後に登場する神々に役割を与えていたとすれば納得がいく。宇宙の最高神である訳だから、その身の丈も、途方も無い大きさだったろうと思ってしまう。太陽の何万倍の大きさでも宇宙からすればちっぽけなものである。
仏教においては、法華経見宝塔品で、虚空会の儀式においては、地上より高さ五百 由旬、現在の単位で高さ7500Kmの、宝石をちりばめた地球の半分を超える壮大な宝塔が出現し、その中より多宝如来が顕われたとされる。宝塔とは厨子・仏壇みたいなものだ。これだけでも途方も無い代物だ。
理解するためのたとえではあるが、天御中主神が全宇宙の創造神で、地球は元より、太陽系、銀河、それ以外の大宇宙を創造するために、また、その巨大さ故に、ちっぽけな地球や日本にだけに構ってられなかったのではないかと思ったりする。だから宇宙のあっちこっちに遠征して、自分でしか出来ない仕事をするために地球から一旦離れた。後を夫々の神々に任せて・・・・と言うより、お願いしてかもしれない。
日本の神々は忙しい、神と言えども人間と同じくみんな一生懸命働いている。天御中主神も果てしない宇宙のどこかで今も必死に働いているかも知れない。

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高御産巣日神  たかみむすびのかみ 造化三神、別天津神の一柱

古事記で二番目に登場する神。別名は高木神。名の通り、樹木が神格化され、高く天(高天原)に繋がる意と考えられる。「産巣日」は生産・生成を意味する言葉で、神産巣日神と同じく、「創造」を神格化した神である。神産巣日神が女神的であり、男神っぽい神皇産巣日神と対になり、男女の「むすび」を象徴する神とも考えられる。神話のなかで高御産巣日神は「天孫降臨・国譲り・神武東征」などの場面に登場。天照大神とともに高天原の政治の総理神として祭事、政治、軍事を統べる実力者である。栲幡千々姫命と思兼神は子にあたる。

 

高御産巣日神  を祀る神社(一部)
サムハラ神社 大阪府大阪市西区立売堀2丁目5−26
大塚神社 高槻市大塚町2-33-19
小松神社(星田妙見宮)大阪府交野市星田9丁目60−1
東京大神宮 東京都千代田区富士見2丁目4−1

以下制作中

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神産巣日神 かみむすびのかみ 造化三神、別天津神の一柱

 

 

 

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宇摩志阿斯訶備比古遅神 うましあしかびひこじのかみ 別天津神の一柱

 

 

 

 

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天常立神 あめのとこたち 別天津神の一柱 

 

 

 

 

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国常立神  くにのとこたちのかみ  神代七世の一柱

 

 

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豊雲野神  とよくもののかみ  神代七世の一柱

 

 

 

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宇比地邇神 須比智邇神うひじにのかみ すひじにのかみ  神代七世の二柱

 

 

 

   
 
備中神楽の根底にある原始信仰のおはなしをいたします。荒神様、というのをご存知でしょうか?
字の通り、荒ぶる神様のことです。
日本人の古い信仰は「人間の生命の根源は神で、神の分身が人間である」と考えておりました。
年々の神祭りは、遠い祖霊としての神への崇祖でもありましたし、生命を支えるための農作の豊饒祈願と感謝でありました。これが「鎮魂」とよばれるもので、神がかりになって分身である人間の体内へ神を呼び戻すことによって願いが達せられると考えられていたんですね。
備中地方の人々は、その神が荒神様であると考えました。生命を守護し、疾病災厄から守り、生命の糧である農作物の豊凶などなど、総ての事柄が荒神のおぼしめし、と信じてきました。
そういう信仰のもと、血族の長を中心に、一族の祖として荒神様をまつり、日々の信心から年々の祭祀を怠りませんでした。その上に十二支にしたがった十三年目と、その間の七年目を式年として大々的な荒神祭りを行ってきました。無病息災を願い生命の長久を祈るためには、荒神様の御霊を体内へ呼び戻さねばならなかったからです。これが備中神楽へと繋がっていくのですが、神楽の詳しい話は弟の次郎が致しますのでまた聞いてみてください。
荒神様は普通の神社と違って大きな社に祭られているものではありません。
田畑の間や家の近くの小さな森、大きな木の根元などにある小さな祠に祀られております。地神様や水神様とともに原始信仰らしいなごりをとどめています。因みにうちの神社は備中神楽をベースにした話だというのに荒神社ではありません。(すさぶる神を祀るとはいっておりますが…)その辺はちょっと大目にみてください。
さて荒神社の祭神もさまざまありまして、素戔の嗚の尊だともいいますけれど、すさぶる神でありますからいろいろあります。
呼び方もさまざまで、産土荒神(うぶすなこうじん)、臍の緒荒神(へそのおこうじん)などと呼ぶのは主に生命の祖としての考え方からでしょう。牛荒神と呼ぶのは、農耕生活に欠かせない家畜であります牛の生命の根源も荒神であるという考え方からです。あとは火や土の神でもあるとされるなど、原始信仰らしいところです。三宝荒神ともいうことがありますが、これはどうやら仏教思想からきているようです。
概略でおはなし致しましたが、いかがでしたでしょうか?
岡山へお越しの際は吉備の田舎を歩いてみてはいかがでしょう。きっといくつも荒神様の祠をみかけることと思いますよ。

 

   
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